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2013年12月5日
【世界の食糧事情】
講演者 一般社団法人日本食品包装協会 理事長 石谷 孝佑 氏 記録者 関 洋

講演者略歴
 1943年鳥取県生まれ。農林省食料研究所(現・独立法人 農研機構・食品総合研究所),農林水産省農業研究センタープロジェクト長,「スーパーライス計画」推進リーダー,農業研究センター作物生理品質部長,東北農業試験場企画連絡室長,国際農林水産業研究センター企画調整部長などを経て現職。

 

抄録
 現在,食料の増産が鈍化し,世界の人口が急激に増加していることを考慮すると,今後,深刻な食糧危機が発生することが懸念されている。特に日本は食料の多くを海外に頼っているため,国内だけでなく世界とも協力してこの問題に取り組んでいく必要がある。本講演では食糧問題に対し,主に食品ロスを減らすという観点がいかに重要であるかを論じている。食品ロスには大別して先進国で主に起こる食料廃棄と発展途上国で主に起こっている収穫後のロスがある。これらの問題の解決策として,仕組みや消費者の意識の改善,乾燥・包装技術による保存,安定供給が挙げられる。特に乾燥・包装技術は食糧問題の解決策として非常に期待できる技術である。

 

1. 食料供給の現状認識
 言うまでもなく,食は人間にとって最も大切なもののひとつである。この食に関しては,2050年には93億人と達すると言われる世界の人口に対して,食糧危機の到来に警鐘が鳴らされており,未然に防止するために食糧の増産が図られている。しかしながら現在,耕作面積や単収の増加は鈍化している。穀物の作付面積は1960年代から2000年代で6.5億haから6.7億haとほとんど増えていない。また,穀物の単収も1960年代には年率にして3%ほど増加していたものが,2010年には0.6%程度しか増加していない。一方,世界の人口増加率は2008年時点で1.18%であり,世界の人口増加率より食糧増産率が低下していることがわかる。このまま行くと深刻な食糧危機が発生する可能性があるため,この食糧問題に真摯に取り組んでいく必要がある。


 現在の日本は飽食状態であるため,日本人の中には食糧問題に対して危機感が薄い人が多い。しかしながら,食糧問題は日本人にとって非常に重大な問題である。食料が不足すると各国,自国で作った食料は自国で消費するようになるが,日本は食料自給率が低いために輸入に頼らなければならない。そのため,食料の値段が非常に高くなってしまったり,十分な量が供給されなくなったりする。現在,その徴候が穀物価格,資源価格の急騰として現れている(図1)。この食糧価格高騰の要因は発展途上国の人口増加,発展途上国の都市化に伴う耕地面積の減少,中国・インド・ASEAN等の発展途上国の経済発展,石油代替のバイオマス燃料の生産に伴う穀物需要の増加,頻発する異常気象による食糧の減産,世界の耕作面積の増加率の鈍化,単収の鈍化などと考えられている。日本はこのような原因による食糧危機を防ぐよう,世界と協力して食糧問題に取り組んでいかねばならない。


 上で述べたように2050年に93億人に達する世界の人口に対して食糧増産だけでは食糧を供給できなくなることを考えると,この問題を解決するためにまずしなければならないことは,無駄をなくす,つまり食品ロスを減少させるということである。世界で生産される食糧は約40億トンで,その内食べられずに廃棄される食糧は約13億トン,つまり3割は捨てられている計算になる。 このことからも食品ロスを減らすだけで大きく供給量を増やすことができ,当面の食糧危機を回避することができると考えられる。

 
 なお,この13億トンの内訳は先進国が6.7億トン,途上国が6.3億トンであり,それぞれの要因は先進国は製品の廃棄,途上国は収穫後ロスが中心となっている。これらについて別々に対処する必要がある。


          図1. 穀物等の国際価格の動向
 

2. 先進国(主に日本)の食料廃棄

2.1 現状
 先進国では主に食品流通において食料品の多くが捨てられていることが問題である。特に日本は顕著で,食糧輸入量5000万トンであり,一方,食料としての不要・廃棄量は約3000万トンと非常に多くの食料が無駄になっている。このうち事業系廃棄物(食べられるものの償却)は約800万トンであり,この価格も消費者が負担し,社会コストをあげている。家庭系廃棄量も約1000万トンと非常に量が多い。

 

2.2 原因


2.2.1 商習慣

 日本においてこれらの廃棄物を減らすためには,まず,商習慣の見直しが必要である。たとえば日本では1/3ルールと呼ばれる商習慣がある。これは製造日から賞味期限までの期間の3分の1の期間中のみメーカーや卸が小売店に納品できるとするルールである。メーカーや卸は小売店への欠品がでないように在庫を多めに持っているが,この納品期間が過ぎると,卸からはメーカーへ返品となる。メーカーの在庫のまま納品期限を迎えた商品と卸からの返品のうち,ディスカウント店などに転売されるのは極一部であり,品質が保証できない,ブランドの毀損や値崩れを防ぐといった理由で大半は廃棄されてしまう。

 このようなルールが大量の食料廃棄を生み出している。また,賞味期限自体も問題をはらんでいる。日本の賞味期限は本来の期限よりかなり前に設定されているが,賞味期限を過ぎた食品は食べられる状態であっても捨てられてしまう。さらに,日本のスーパーをはじめとする小売店は,欠品を恐れすぎているため必要以上に入荷し,売れ残った分は廃棄している。廃棄物を減らすためには1/3ルールや賞味期限の評価を見直し,小売店への欠品ペナルティーを少なくし発注精度を高めさせ,食品を無駄なく利用することが非常に重要である。

 

2.2.2 消費者の認識
 また,さらに廃棄物を減らすためには消費者への教育も非常に重要である。家庭系廃棄物が非常に多いことからも分かるように現在,先進国では食料を過剰に買いすぎている。 また,小売店において同じ商品で同じ価格であれば,賞味期限が遠い方を購入する。これにより,食品が余り,廃棄されることにも繋がっている。 さらに,現在では日本の消費者は食品を値段で判断するしかないため,食品が高かった場合はなぜ高いのかということに関して知る機会がない。それにより,消費者は安さを追求する傾向が強くなってしまう。そのため,大手スーパー等ではプライベートブランドで包装を簡素化し,消費者にわからないように質を落とすといったことが横行している。これらの安さ追求は生産者を苦しめ,安いだけ等の食品しか出回らず,質が低下し,すぐ廃棄しなければならくなるといったことにも繋がる。このような無駄を減少させるためにも学校や小売店等でしっかりと教育することが重要になる。


3. 発展途上国の収穫後ロス
 発展途上国では,技術の不足による収穫後ロスで非常に多くの食糧が失われている。これは穀物の不適切な収穫・乾燥技術,貧弱なポストハーベスト管理(貯蔵施設と虫害・鳥害管理),不足する収穫後インフラ(産地での調整施設,輸送車両,道路,加工・放送設備等),生産を需要にマッチングさせるマーケティング情報の欠如等,多岐に亘る問題がある。これを改善するためには,まず,地域の零細農民を助け,都市の購入者とと直接結びつける食料供給チェーンの構築・強化が必要になる。また,インフラ整備,輸送,包装,加工等への政府・民間の積極的な投資が重要である。さらに現状では道路が干場(図2),異物・汚染の問題などがあるため,現地で使えるような乾燥技術,包装技術,輸送技術が重要である。

 

    図2.フィリピン ルソン島にて道路上で天日干しされている甘藷屑

 

4. 乾燥・包装技術の可能性
 食糧問題を改善する上で食品のロングライフ化を考慮することは重要である。現状の商品がもっともつのではないか,もっともつ商品が作れるのではないかと言ったことを検討する必要がある。そのためには,乾燥・包装技術が非常に有用である。これらの技術には以下のようなメリットがある。

 

乾燥技術のメリット

? 水分の多い生鮮食品の水分を除去し,微生物による腐敗を防止することで食品に保存性を付与することができる。
? 水分を除去することで重量を軽くし,持ち運びやすくすることができ,輸送性を付加できる。
? 乾燥により食品の特性を変化させることで新しい特性を作り出すことができ,加工性を付与することができる。
? 食べる時に湯や水で簡単に復元させて食べることができ簡便性を付与することができる。
? 乾燥品を粉砕して粉にできるので,ものに詰めたり成形したりすることができ,新しい加工性を付与することができる。
? 缶詰・瓶詰と比較して軽く冷凍食品と比べて保存におけるエネルギー消費量が少なく省エネ的な食品である。

 

包装技術のメリット
? レトルトなどの包装技術を用いると食品を長持ちさせることができる。
? 添加物を用いることなく,食品の品質を保つことができる。

 日本は昔から食品乾燥に適した気候を持っており,切り干し大根,干し柿,鰹節,煮干などさまざまな乾燥食品が発達している(図3)。これらの技術を発展途上国に移転していくことが重要になる。現在,講演者らは中国,東南アジア,アフリカ等の貧困地域に干し芋をはじめとする地元で使用することができる乾燥技術を導入している(図4)。
 また,包装技術は食糧問題の改善に非常に有用なため,包装資材はゴミではなく,食品に必要なものであると認識することが必要である。包装資材を省略するのではなく,機能性包材の効果的な利用を推進することが重要である。

 

        図3.代表的な乾燥食品である鰹節


          図4.中国での芋の乾燥

 

5. まとめ
 食糧問題を改善するためには,食品ロスに目を向ける必要がある。先進国では流通過程で廃棄される食品を減らすために,商習慣の改善及び消費者に対する教育が必要である。また,発展途上国では乾燥・包装技術に投資し,収穫後ロスを減らすことが必要である。