火山の危険。朝日先生
地球環境研究会2015年2月5日議事録
文責 山田健太郎
信州大学・山岳科学研究所 朝日克彦先生
「2014年御嶽山噴火 〜たまたま居合わせた者が見た事実と所感〜」
【自己紹介】
・普段はヒマラヤの氷河の研究(一昨年はそのテーマで講演)
・昨年9/27の御嶽山噴火の際、偶然そこに居合わせた。研究者として居合わせたのは朝日先生のみであったため、最近でも取材問い合わせがある。
・慶応SFCでも地球科学の講義を持っている。
・なぜ御嶽山にいたか→御嶽山頂上部に残る残雪の調査のための登山
・噴火の1時間20分前まで頂上にいた
【火山と山の成り立ちについての講義】
・日本列島に火山地は面積で6%を占める。分布に偏りがあり、関東から北海道にかけてが多い。
・なぜ火山ができるのか?→卵に例えると、地球の断面は殻(地殻)、白身(マントル)。太平洋で言うとアメリカの沖合で地下からマグマが上がってきて、冷えて固まる。固まったもの岩盤(プレート)はアメリカから日本に向かって移動し、海溝で沈み込む。沈み込んだプレートは沈み込み帯から少し離れたところで溶け始める。岩石中には水分が含まれており、水分が気化するときの圧力で岩石が溶解し、マグマが形成される。それが地表に噴出され、火山になる。
(先生の説明に一部誤りがあるため、山田が補足します:マグマとマントルは異なり、また、地殻とプレートも異なるため注意。マントル最上部と地殻を合わせてプレート(リソスフェア)とよび、比較的流動性の高いマントル上に乗って動いている(アセノスフェア)。また、海洋プレートは大陸プレートよりも重いため、海溝では海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む。岩石中に含まれた水分が高圧を引き起こすかどうかは分からないが、一般的には岩石中の水分によって岩石の融点が低下するため、比較的冷えている海洋プレートでもある程度地下深くまで行くと融解して本源マグマ(一番最初のマグマ。マグマは火山から噴火するまで成分を変化させていく)を生ずると考えられている。)
・日本の周囲には4枚のプレート。太平洋プレート、北米プレート、フィリピン海プレート、太平洋プレート。プレートの沈み込み境界から少し内陸に入ったところに、火山が分布する(火山前線)。
・日本列島は太平洋側から「押されている」ので、盛り上がったところが陸地となっている。
・日本にある火山は3タイプ。溶岩円頂丘(例:昭和新山)、成層火山(例:富士山)、楯状火山(例:伊豆大島三原山)。
・噴き出す溶岩の種類が異なると火山の形や噴火様式も異なる。火成岩は深いところで出来る深成岩と浅いところでできる火山岩があり、さらにそれらは含まれる二酸化ケイ素の濃度によって分けられ、7種類に分類される。
・岩石は鉱物の集合体であり、鉱物は大きく分けると白っぽいものと黒っぽいものに分かれる。白っぽい鉱物はガラス分が多い。
・ガラス分が多いと、溶岩はねっとりする。ガラス分が多いほど粘り気が多い。溶岩円頂丘は流紋岩質(デイサイト質:流紋岩と安山岩の間の組成)なので盛り上がり、三原山は玄武岩質なので薄く広がる。
・日本の下に海洋プレートが沈み込む、マグマが形成され、上昇してマグマ溜まりが形成される。マグマ溜りはその後にやってきた新しいマグマ溜まりによって突き上げられ、地殻中の割れ目に流れ込んでさらに上昇する。地表に噴出すると、マグマ中に含まれていた水分が気化し、噴煙をあげて噴火する。
・マグマが地下から上昇した場合、山の質量が増加する。それによって重力が増加するため、重力計で観測を行っている。また、山が膨張することで傾斜がきつくなるため、傾斜計で観測を行なっている。
・御嶽山はなぜ上記の観測を通じて噴火の予知ができなかったのか?→御嶽山の噴火は、いわゆる噴火を「風邪」とすると、「くしゃみ」のようなもの。火口付近の岩石が吹き飛ばされた現象であり、マグマ溜りからマグマが上がってきた、という現象ではない。御嶽山だけをクローズアップするのは、火山現象の本質からは離れてしまう。
・火山の噴火に伴う現象:
①溶岩の噴出(例:1986年の伊豆大島三原山噴火)。
・②火砕流(例1981年6月の長崎県雲仙普賢岳)。温度が高く、倒れているところに岩石が降ってくるので、巻き込まれると助からない。また、速度も時速100km程度と速い。
・③火山泥流(例:1991年フィリピン・ピナツボ火山)。巻き込まれると泥により窒息死してしまう。遠方まで広がる。
・④山体崩壊(例:鳥海山)。噴火に伴って元々あった山が崩れ、流れる。おくの細道で報告された、島がたくさんある地域も、海が山体崩壊によって埋められてしまった。
・⑤火山噴出物(例:富士山の火山灰による関東ローム層)。大きい石から落下し、徐々に小さい石が落下するため、火山灰の地層から噴火回数を見積もることが出来る。
【御嶽山の紹介】
・噴火の一週間後には落ち着いた外観になっていた。
・御嶽山は諏訪湖の西方。裾野が広く、意外と大きい。
・東から登頂し、10:15に剣ヶ峰(標高3067m)に到達。土曜日、快晴だったこともあり、登山者が多かった。
・その後北へ向かい、噴火口が池になった二ノ池の雪の調査を行った(11:06)。
・さらに北へ向い、1.3km離れた地域から剣ヶ峰を撮影(11:40)。同時刻、噴火口付近には50人程度の人が。その後、休憩中にノートを取っていた最中、落石の音が聞こえてきた。見上げると、噴火していた(11:54)。最初は雲が立っていると思っていた。
・なぜか咄嗟には火山の噴火だとは認識できなかった。硫化水素の臭いがし、落石音が聞こえ、噴煙も立っていたのに。自分の認識では、「ドカーン」という爆発音が聞こえると思っていた。
・直後、煙が下に落ちていることに気が付いた。巻き上げられない岩石が落下し始めていた。そこで初めて、噴火だと認識できた。
・火砕流らしきものが見えた(11:55)。約時速80km。山小屋に向かっていったが、運良く山小屋の直前で止まった。火砕流には噴石や火山灰に加え、硫化ガスが混ざっている。そのため、速い。
・噴煙は西風に流されて広がり始めた(11:56)。自分と噴火口の間に谷が3つあったので、火砕流は来ないと判断し、写真を撮り続けた。
・何が起きているのか把握をしてから逃げようと思った。
・11:57、再度噴火。一度目の水蒸気爆発の後、地下の高温でありながら水のままだった水分が急激に低圧になり水蒸気になり、二度目の噴火を起こす。犠牲者の多くはこちらの噴火で死亡。おそらく、一度目の噴火を写真におさめていたためと思われる。5分間の執行猶予に逃げる必要があった。
・その後、自分のところにも火山灰が降ってくるようになり、視程が150m程度に(12:28)。自分の近くで危険が起きても分からず、さらに観察もできないため、避難を開始。
・北の方に山小屋(五ノ池小屋)があるため、近くの30人ほどを連れて避難。
・過去に消防団員やレスキュー隊員の経験があったため、避難者の間でパニックが起こったり噂話が起こると思っていた。しかし起こらず、誰も会話をしていなかった。実はみんなスマートフォンをいじっていただけだった。
・登山者が平穏であることを確認し、一人だけでこっそり山小屋を出て移動した。途中、火山灰に埋まった雷鳥を発見(朝日新聞の報道写真賞に選ばれた)。
・ちなみに雷鳥は山が雲に包まれて暗くなると出てくる。火山灰で暗くなったために出てきたらしい。
・火山灰は噴火口から1kmでもせいぜい1cm程度。
・薄いものの、全てが均等に灰で覆われてしまったため、どこが登山道か分からなくなってしまった。その後も道を間違えるリスクを考え、北東方向へ逃げるのをやめ、むしろ噴火口に近づく方へ進路を取った。
・13:48に合流点(金剛堂付近)到着。火山を見て安全を確認後、全力で下山。
・御嶽山は溶岩を垂れ流すような火山ではない。また、30分経っても異なる箇所からの噴火がないため、それ以上の噴火は無いと判断し、山小屋を出た。
・14:30御嶽ロープウェイ駅着、15:00ロープウェイ鹿ノ瀬駅着、関係官署へ状況報告を試みるも、縦割りのためなかなか報告できず。
・15:30には自衛隊に緊急出動要請をしたため、長野県はそれ以上は動かなかった。自衛隊は時速50kmを守って出動するため、到着に4時間はかかる。そのことが分かっていたのでその日のうちに救助できなかったことは明らかなのに、長野県のレスキューは動かなかった。その日のうちにレスキューが向かえば、40人は助かったかもしれない。これから追及されるだろう。
・なぜ御嶽山噴火が大きな災害になったのか→手軽な「日本百名山」の山頂直下で、秋季の週末、昼時に噴火。百名山ブームによって一部の山に許容量を超えた登山者が集中し、登山のピークが秋であり、3000mでありながら手軽に登れる山だった。
・火口直近に登山者がいたことも稀有な例。死者数は最大規模であるが、噴火規模は全く大きくない。優先すべきは大規模噴火への備えと、市街地への火山災害。御嶽山のようなケースはそれらの対策とは区別して考えないといけない。
・日本は市街地の近くにも火山があるので注意しないといけない(例:三原山、有珠山)。
・火山灰も、1日で2m降ることがある(大正3年の桜島噴火)。
・雲仙普賢岳では火砕流が島原を通り、海まで到達した。さらに以前は噴火にともなって山体崩壊が起こり、有明海に到達し津波が起こり、熊本県に被害が起きた。
・火山が噴火しなくても、地表面が下から持ち上げられてしまったため地表が変形してしまうことがある(例:洞爺湖の国道)。
・教訓として、登山者は自分の身は自分で守ることが前提。また、一部の山域に登山者が著しく集中している。
・救助サイドについて。初動がなかった。警察、行政による登山者への補導活動が無かった。指示系統や仕組みがなかった。御嶽山を甘く看過。
・今後の対策。ソフト面:遭難に対する指示系統の明確化、災害派遣の自衛隊。ハード面:待避壕の設置?→優先順位を十分に検討すること。
・伊豆大島には山中や市街地にも待避壕がある。同様のものは桜島や阿蘇山にも存在。今回の補正予算で御嶽山にも作るかも。
・待避壕に逃げるのはいいが、周囲が見えにくくなる。そのため、火砕流に巻き込まれる可能性もある。設置場所の厳選、内部に注意喚起の表示が必要。
・去年は口永良部島でも噴火が起こった。市街地のすぐ近くで起きている。
・事象の把握、的確な認識、迅速な判断・行動が重要。
【質疑応答】
Q 上にいた人で5分間で逃げた人はいるのか?
A いるらしい。そういう人はあまり表に出ないので、最近になってようやく証言が取れてきている。自己責任論も発言したいが、世論的に言い出しづらい…。
Q 山小屋に残った30名はどうなったのか?
A 翌日自衛隊によって救助された。噴石がたくさん降ってくるような状態ではなかったようだ。
Q 1kmくらい離れれば大丈夫だったのでは
A 今回はその通り。現場でそのように判断した。
Q 気象庁では事前に御嶽山の地震を察知していた?
A その通り。長野県は御嶽山専門の研究者の配置を文科省にお願いしたらしいが、御嶽山の噴火程度では研究者にとっては研究にならない。
Q 最初の5分は重要だった。人間はどんな行動を取るのか?
A 普通は逃げると思うが…そういう人はあまりいなかった。
Q ヘリコプターは来なかったのか?
A 13時40分頃に県のヘリコプターが来たが、それだけだった。おそらく上空からはほとんど見えなかったのだろう。
Q 自衛隊が50kmで走ってきたのは二次被害を恐れた?
A それはない。
Q 御嶽山では山体崩壊は起きたか?
A 起きていない。1980年代の長野県地震で山体崩壊が起きていたこともあり、火山噴火による堆積物のため地盤が締まっていないと思われたので今回も起きたかと思ったが、無かった。
Q 登山者はどれくらいオーバーキャパシティだったか?
A 今回は300人登っていたようだ。
Q 登山者数を制限する理由は?
A 自然保護。例えば登山道は、一度崩れ始めると近辺の山体も崩れていく。最初に崩れるきっかけを防ぎたい。また、高山植物はギリギリで生きているため、枯れてしまうと裸地になり、山体が崩れてしまう。
Q 伊豆大島はそろそろ噴火のタイミングがあるが、そういうことを想像しながら避難したのか?
A そう。
Q 登山者への教育は具体的にどうしたら良いのか?
A ハコを作るのはもう難しい。住民の活動によって支えられているところもある(例:ハザードマップの作成)。しかし、自治体からハザードマップを配布したくても、それによって土地代が下がるなどのリスクのため、反発がある。そのため、住民主体で活動するように仕向けている。自治体の首長が責任を取ってくれるところは、ハザードマップを配布している。
(大森さんコメント)自己責任に関連して、大雪山で軽い表層雪崩に巻き込まれた男が、「立ち入り禁止の看板が無かった」と言っていた
Q 国民の意識が無いときは行政の責任、となってしまっている
A その通り。地球についてもっと知っておくべきだ。高校の地学の履修率が低すぎる。災害に関して他人事になってしまっている。